写真は、日本最大の漆産地・岩手県二戸市浄法寺町の漆掻きの様子。毎年6月から作業が始まり、夏をピークに東北の晩秋である11月上旬まで続く。この地における漆文化の歴史は古く、地域の縄文遺跡からは漆を使用した石刀や土器などが出土している。
東北に生きる。
木の生命に向き合う仕事
土地に根づき、毎日を営む──。東北の文化を記憶する写真家、奥山淳志のフォトエッセー。
漆掻き仕事は、ウルシカンナと呼ばれる特殊な刃物を使い、漆の幹に一筋の傷を付け、滲み出る生漆を採集していくことに尽きる。ある意味、単調だ。
しかし、漆掻き職人が、初夏から晩秋の間、雨の日以外は毎日、漆の林に通い、文字通り、一滴一滴、漆を採っていく姿を丹念に追いかけてみると、そこには言葉では語ることが困難な技術が、大きな森のように広がっていることに気づかされる。
彼らの技術を語ることが難しいのは、漆掻き職人自体が、その技術を言葉にしないからだ。理由は、ウルシカンナを手に向き合う相手が木の生命だからである。職人たちは、幹から滲み出す乳白色の生漆は、木という生命の身体をめぐる血であると語る。つまり、漆掻きは木の生命を分けてもらう行為だと。
己を顧みれば気づくように生命は常に捉え難く、しかも、変わり続けている。この、たゆたう存在である生命を相手にするのは、言葉では遅い。磨き抜かれた鋭敏な感性こそが、木に宿る生命の移ろいについていく。
東北の森は深く、簡単には伺い知ることができない世界が広がっている。ここに糧を求めてきた人々の営みもまた、ひとつの深い森である。
奥山 淳志 おくやま・あつし
写真家
1972年大阪生まれ。出版社勤務後、98年に岩手県雫石町に移住。以降、写真家として活動を開始し、雑誌を中心に北東北の風土や文化を発表する。2015年の伊奈信男賞をはじめ、日本写真協会賞新人賞、写真の町東川賞特別作家賞などを受賞。主な著作に『庭とエスキース』(みすず書房)など。
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