本州最北、青森・下北半島の中心に位置する標高約880mの活火山・恐山。古くから信仰の対象とされてきた日本三大霊場のひとつ・恐山菩提寺があることで知られる。一方、恐山の一帯は下北半島国定公園の区域にも含まれている。
東北に生きる。
人の生を抱く場所
土地に根づき、毎日を営む──。東北の文化を記憶する写真家、奥山淳志のフォトエッセー。
「死ねばお山に行く」。土地の人々からそう語られてきた通り、恐山は死者の魂が集う地として知られている。それは今でも変わらず、多くの人々が懐かしい魂の声を聞くために宇曽利湖の浜に向かう。石英の白い砂の上に腰を下ろし、澄んだ空を映す水面を眺めていると、ここが極楽浜と呼ばれていることを沁みるように理解する。聞こえるのは水面を渡る風の音だけだ。
この汀(みぎわ)で死者と再会し、涙を流す人を何度も見たことがある。小さな花束を手に湖面に声を掛ける人の姿は哀しみを誘う。しかし、見えない世界を想う人の横顔はいつも美しい。
一方、恐山は観光地でもある。哀しみを携えた人の脇を朗らかな笑みをこぼす人々が通り過ぎる。僕はこの風景が好きだ。哀しみを抱く人も喜びのなかにいる人も、同じ風景に抱かれていると思えるからだ。それは、人の胸のなかにある二つの感情が引き裂かれることなく、ともに在ることを教えてくれるものでもある。
僕はこの恐山を、北辺の地で人の生を優しく包容する場所として記憶している。
奥山 淳志 おくやま・あつし
写真家
1972年大阪生まれ。出版社勤務後、98年に岩手県雫石町に移住。以降、写真家として活動を開始し、雑誌を中心に北東北の風土や文化を発表する。2015年の伊奈信男賞をはじめ、日本写真協会賞新人賞、写真の町東川賞特別作家賞などを受賞。主な著作に『庭とエスキース』(みすず書房)など。
https://atsushi-okuyama.com