JR仙石線「松島海岸駅」から渡月橋まで徒歩6分。月光に照らされて光る海の中、朱色の橋の先に見えるのが、松島の地名発祥と言われる雄島である。この島内で修行を続けた高僧・見仏上人を称え、鳥羽天皇が松を贈ったのが、松島の由来のひとつとなっている。
東北に生きる。
霊場としての松島
土地に根づき、毎日を営む──。東北の文化を記憶する写真家、奥山淳志のフォトエッセー。
松島湾とその周辺に浮かぶ島は二百六十にも及ぶ。この多島海が生み出す絶景が「松島」である。
日本三景のひとつとして誰もが知る名勝地である一方、古代から近世にかけて、この松島が極楽浄土へと通じる"霊場"として信仰の対象にあったことを知る人は少ない。
松島に霊場の面影を訪ねたのは何年前になるだろうか。松島における霊場としての役割は明治期の廃仏毀釈によって急速に衰退することになる。結果、往時の様子を今に伝える遺跡は多くはない。だからこそ、耳を澄ませ、この地で手を合わせた人々の祈りを潮騒に聞こうとした旅だった。
旅の終わり、日が沈むと闇を抱く空に月光が広がり、鏡のように凪ぐ海全体が光り始めた。霊場松島に向かう人々は、彼岸へと旅立った大切な人の極楽往生を叶えるために遺骨や遺髪を携えたという。雄島をはじめとする島の土には今も多くの遺骨が眠る。そんな島々を光る海が包み込んでいく。まさにここは浄土だ。それが今も目の前にある。人の祈りとともに風土は生き続けている。
奥山 淳志 おくやま・あつし
写真家
1972年大阪生まれ。出版社勤務後、98年に岩手県雫石町に移住。以降、写真家として活動を開始し、雑誌を中心に北東北の風土や文化を発表する。2015年の伊奈信男賞をはじめ、日本写真協会賞新人賞、写真の町東川賞特別作家賞などを受賞。主な著作に『庭とエスキース』『動物たちの家』(共にみすず書房)など。
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