
「盛岡の台所」として知られる神子田朝市は、年間300日以上も営業する全国でも珍しい朝市。地元で採れた野菜や果物が店先いっぱいに並べられ、生産者と会話を楽しみながら購入できる。昔ながらの盛岡を感じさせる風景である。
東北に生きる。
朝市の言葉
土地に根づき、毎日を営む──。東北の文化を記憶する写真家、奥山淳志のフォトエッセー。
神子田(みこだ)の朝市は早朝4時から開かれる。これは年間を通じて変わることがない。夏であれば夜明け直後の涼しい時間帯だが、冬は夜が明ける前だ。新鮮な食材を朝一番に購入できる魅力を差し引いても身も凍る寒さのなかで市が立つことは驚きだ。
時代は移り変わり、モノの売り方も買い方もいくつもの選択肢の中から選べるようになった。ネットを使えば、店を持つことも買い物に行くこともしなくてよい。それでも、盛岡の神子田では、今日も変わることなく朝市が開かれる。雨や雪であっても毎朝、足を向ける客もいる。理由はきっと、ここだけで語られる言葉があるからだと僕は感じている。ここに来ると、人々は顔馴染みと日々のよしなしごとを言葉に乗せて語り合う。この会話に耳を傾けていると、売ることと買うことが実はとても豊かで人間的な行為であることを思い出させてくれる。
何かを得ることで失うものがある。神子田の朝市で語られる言葉は、売り買いの場で消えようとしているささやかな幸福を守ろうとしているようにも見える。
奥山 淳志 おくやま・あつし
写真家
1972年大阪生まれ。出版社勤務後、98年に岩手県雫石町に移住。以降、写真家として活動を開始し、雑誌を中心に北東北の風土や文化を発表する。2015年の伊奈信男賞をはじめ、日本写真協会賞新人賞、写真の町東川賞特別作家賞などを受賞。主な著作に『庭とエスキース』『動物たちの家』(共にみすず書房)など。
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