山手線では自動運転試験が度々行われており、2022年2月には日中の時間帯にて実施された
知見を蓄積してドライバレス運転を目指す
鉄道の自動運転がもたらすもの③
前回は鉄道の自動運転実現に向けた課題などについて、東京大学の古関隆章教授に
お話を伺った。ここではJR東日本の最新の取り組みを紹介する。
人手不足が想定される中で運転も人からシステムへ
JR東日本では、将来的なドライバレス運転(運転士が乗務せず、自動運転によって列車を運行)の実現に向けて、技術開発や環境整備を進めているところだ。
その背景について、鉄道事業本部運輸車両部の横山啓之課長は、「人口減少時代を迎え、当社も採用できる人材が限られてくることが想定されます。そこで従来は人が担ってきた作業の中で、機械やシステムに置き換えられる部分は転換を図り、社員には人にしかできない創造的な仕事に取り組んでもらうことで、今後も輸送サービスを維持していきたいと考えています」と語る。運転も人からシステムへの転換が可能な分野といえる。
横山 啓之
鉄道事業本部 運輸車両部
次世代輸送システムセンター 課長
そのために必要なステップとして、現在は首都圏の路線でATO(自動列車運転装置)の導入を進めようとしている。2021年3月からは、常磐線各駅停車(綾瀬駅~取手駅間)でATOの使用を開始した。ATOでは運転士が発車時にボタンを押せば、ATC(自動列車制御装置)が許容する上限の速度内で、列車は自動的に加速や減速を行い、次駅の到着時には定位置に停車する。ドライバレス運転を実現する上で、不可欠なシステムといえる。
常磐線各駅停車は、東京メトロ千代田線と直通運転を行っている。千代田線では既にATOを導入しており、車両に装置が設置されていることから、今回はこれを活用することにしたのだという。
(2021年12月7日 JR東日本ニュースリリースより作成)
「ATO導入前に実施した走行試験では、路線に乗務する運転士が乗車して、加速や減速のタイミングなどについてのフィードバックを行い、それを基に車両担当が細かい調整を繰り返しました。その結果ATOの導入以降、特段お客さまから乗り心地などについてのご意見はいただいておりません。運転士による運転とATOによる運転の違いを、ほとんど感じていらっしゃらないのだと思います」(横山課長)
自動化の推進だけでなく省エネも実現していく
JR東日本では、山手線と京浜東北線でも、25年から30年頃をめどにATOの導入を計画。すでに18年から試験走行を実施している。常磐線各駅停車とは異なり、こちらは自社で開発したATOを使用することになる。横山課長は、「世界有数の超過密路線に導入するにあたって、ATOの高性能化を図り、最先端のシステムを作り上げたい」と意気込みを語る。
ATOの高性能化を実現する上で欠かせないのが、28年から31年頃に山手線と京浜東北線で導入が予定されているATACS(無線式列車制御システム)だ。
従来の列車制御システムでは、レールを軌道回路と呼ばれる一定の区間に区切り、2本のレールを列車の車軸で短絡することで、列車の在線をこの軌道回路の単位で検知していました。これに対してATACSは、車両と地上装置が無線で双方向通信を行う。各列車の車上装置が、地上に置かれた地上子の位置や車輪の回転から距離を積算することで、自らの位置を連続して把握し、地上装置に送信する。地上装置はこの情報から各列車の進行できる区間を算出し、車両に送信することで、安全な列車制御を実現するというものだ。
「例えば列車に遅延が生じた場合、現在は列車間の運転間隔の調整は指令員が行っています。しかしATACSとATOを組み合わせれば、指令員を介さなくても、ATACSが各列車に送信した情報を基に、各列車でATOが速度を制御しながら運行するというように、一連の過程を自動化できると考えています」(横山課長)
さらに横山課長は、このシステムを列車運行時の省エネルギー化にも活かしたいと考えている。電車では、モーターを発電機として使うことで、運動エネルギーを電気エネルギーに換え、それを架線に戻し、他の列車が加速時にその電気を使えるようにする回生ブレーキが多くの車両に導入されている。
「これにATACSとATOを絡ませれば、それぞれの列車が加速して電気を使うタイミングと、ブレーキを掛けて電気を発生させるタイミングを制御することで、電力の無駄遣いを極限まで抑えることができるようになり、省エネにつながります」(横山課長)
自動運転試験中の山手線の運転席(2022年2月25日撮影)
新幹線では回送区間の無人運転を目指す
一方新幹線においても、JR東日本はドライバレス運転の実現を目指した取り組みを行っている。
21年10月末から11月にかけて計11回、ATOを仮設したE7系の車両を使って、新潟駅~新潟新幹線車両センター間の回送区間を無人で運転する走行試験を行った。このときはトラブル対応や、加速・減速などがスムーズであるかをチェックするために運転士が乗務はしたが、両手は膝の上に置いたままで、機器には一切触れなかった。
2021年11月には新幹線の自動運転試験も実施された。写真は試験車の運転席(右)と自動運転による停車位置を確認する様子(左)
試験では遠隔操作での発車や、緊急時を想定しての遠隔操作での停止、決められた位置への停止などの検証が行われたが、全てをクリアできたという。また加速や減速については、試験運転を担当した新潟新幹線運輸区の小林達也主務は次のように語る。
「私たち運転士は、お客さまの乗り心地に気を配りながら運転を行います。その点自動運転は、当初は加速も減速も少し急で、なめらかさに欠けていました。そのことを技術部門に伝えたところ、回を重ねるごとに改善が見られ、最後にはほとんど違和感がなくなっていました。個人的には『これは十分に実用化可能だな』という印象を抱きました」
小林 達也
新潟新幹線運輸区
主務
小林主務は、将来もしドライバレス運転が本格導入された場合、「例えば普段は車内でお客さま対応をしながら、故障が発生して自動運転ができなくなったときには運転席に座るというように、運転士に求められる役割が変わってくるのではないか」と感じている。
「ただし、現実には新幹線の営業列車でのドライバレス運転は、まだ先になると思います。まずは回送列車でのドライバレス運転の実現を目指したいと考えています」(横山課長)
BRT専用道を使ってバスの自動運転にも挑戦
さらにJR東日本では18年以降、鉄道のみならず、BRT専用道である大船渡線や気仙沼線の一部を使って、バスの自動運転実験にも取り組んできた。BRTはバス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit)の略。連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーンなどを組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムをさす(国土交通省ホームページから引用)。JR東日本のBRTは、鉄道敷をBRT専用道化することで、速達性・定時性を確保するとともに、フリークエンシー(運行頻度)を高め、利便性を向上させる取り組みを行ってきた。
「とはいえ、バス事業においても、今後運転士の不足が深刻になることが予想されます。そんな中で自動運転技術の開発をメーカーに委ねるのではなく、交通事業者としても積極的に取り組むべきではないかと判断しました」と、技術イノベーション推進本部企画部門で、BRT自動運転プロジェクトを担当する伊藤史典主席は語る。
伊藤 史典
技術イノベーション推進本部 企画部門
BRT自動運転プロジェクト 主席
実験には、車両制御や障害物検知などの技術を有する10社が参画。JR東日本は自社のBRT専用道をプラットフォームとして提供し、実験全体の責任者の役割を担うことになった。各社はそれぞれの技術を、実験を通じて検証しながら、実用化に耐えられるものへと磨き上げていった。
そして21年9月には、気仙沼線BRTの柳津駅~陸前横山駅間において、地域の皆さまを招いて試乗会を開催するまでに至った。当日、運転士は乗務はしたがハンドルにはまったく手を触れないまま、約4.8㎞の区間を最高時速60㎞で走った。試乗いただいた皆さまにアンケートを取ったところ、自動運転バスに対して安心感を抱いている人が、乗車前は6割だったのに対して、乗車後は9割5分まで上昇。「手応えをつかみました」と伊藤主席は話す。
「バスが停車する際の減速度や、障害物検知の精度の向上など、改善の余地もまだ多いのも事実です。今後も実験を重ねながら、将来を見据えて段階的に実用化をしていきたいと思います」
JR東日本は鉄道・バスの双方において、将来のドライバレス運転に向け、着実に知見を蓄積してきている。
BRT自動運転の試験車
人の専用道立ち入りを想定した自動停車試験の様子