ブラインドサッカーは、4名のフィールドプレーヤーに加え、ゴールキーパー、監督、ボールの位置などを声掛けするガイド(コーラー)の計7名が一丸となってプレイする(写真提供:IBF Foundation)
企業とスポーツの新しい関係
Case.2 参天製薬株式会社
ブラインドサッカー支援を通して
「Happiness with Vision」を目指す
眼科に特化したスペシャリティ・カンパニーである参天製薬株式会社。同社はブラインドサッカーの支援などを通して、自社の理想の世界を目指そうとしている。その理想の目指す先には、何があるのだろうか。
障がい者スポーツ団体と長期パートナーシップ契約
ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤーが全盲で、アイマスクを装着し、音がするボールでプレイする「ブラインドサッカー」。2017年からこの競技の支援をしているのが、眼科に特化したスペシャリティ・カンパニー参天製薬である。
まずは、競技団体であるNPO法人日本ブラインドサッカー協会(JBFA)と2年間のパートナーシップ契約を締結。ブラインドサッカーの男女日本代表をはじめとした、各種活動のスポンサーについた。さらに20年からは一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーション(IBF Foundation)も加えた三者で、10年間の長期パートナーシップ契約を結んだ。
障がい者スポーツの支援としては異例の長期契約を結んだ背景に、どのようなものがあったのか。同社の基本理念担当執行役員の森田貴宏氏は次のように説明する。
「私たちは、当社の目指す理想の世界『Happiness with Vision』をワールドビジョンとして掲げ、その実現のために長期的な戦略を立てています。その内の一つが『インクルージョン』で、『視覚障がいの有無にかかわらず交じり合い、いきいきと共生する社会の実現』を目指しています。共通のビジョンを持っているJBFAさんと、スポーツを通して共生社会を創っていきたいという思いからパートナーシップを組みました。ブラインドサッカーは、まさに『見える人と見えない人が交じり合う社会』の縮図なので、弊社のビジョンと親和性が高い。10年間という長期にしたのは、見える、見えないに関係なく、交じり合う社会をグローバルに実現するには人々の意識を変える必要があり、長期的な支援が必要だと考えたからです」(森田氏)
森田 貴宏
参天製薬株式会社
基本理念担当
執行役員
ブラインドサッカーを起点に社会全体を変えていく
JBFA、IBF Foundationと参天製薬は、「"見える"と"見えない"の壁を溶かし、社会を誰もが活躍できる舞台にする」ことを共通ビジョンとして策定した。「共体験でそれぞれの個性や強みを理解する」「見えるに関するイノベーションを創出する」「視覚障がい者のQOLを向上する」という3つのゴールを設定。それを踏まえて、同社は視覚障がいに関するさまざまな支援を行っている。
基本理念である「天機に参与する」は、中国の古典「中庸」の一節。これを同社は「自然の神秘を解明して人々の健康の増進に貢献する」と独自に解釈し、社名「参天」の由来とした。「WORLD VISION」は同社が目指す理想の世界を示しており、「Happiness with Vision」とは、「世界中の一人ひとりが、Best Vision Experienceを通じて、それぞれの最も幸福な人生を実現する世界を創り出したい」という思いを表している
「国内外の活動拠点でブラインドサッカーを広めていく活動もしますが、それだけを行うわけではありません。目にまつわるさまざまな社会課題解決に広げていき、社会全体を変えるような取り組みを進めていきたいと考えています」(森田氏)
その取り組みの一つが、JBFAが主催する視覚障がい児へのスポーツ支援や、スポーツ教育だ。例えば「スポ育」は、小・中学校の授業の一環で、ブラインドサッカーをはじめとしたダイバーシティ教育を行うプログラムだ。参天製薬では、19年から人的サポートを始めており、視覚障がい者の社員4人と晴眼者の社員2人が、プログラムのファシリテーターや講師の役目で、教育の現場に関わっている。現在では、スポ育活動の約45%に、同社の社員が参画しているという。
参天製薬の社員が参画する「スポ育」の模様(写真提供:JBFA)
「現在、スポ育は関東と関西の2拠点だけなので、日本全国、さらにはグローバルにも広げていくことをJBFAさんと話し合っています」とスポ育の事業に関わっている同社CSV・ピープルセントリシティ マネージャーの油本陽子氏は語る。
油本 陽子
参天製薬株式会社
CSV・ピープルセントリシティ
マネージャー
また、視覚障がいのある子どもがスポーツに触れることで自律心を育てる「ブラサカキッズキャンプ」や「ブラサカキッズトレーニング」、次世代を担うブラインドサッカー選手の早期育成・強化、リーダーシップ醸成を目的とした「ブラサカ・ジュニアトレーニングキャンプ」についても、同社の社員がボランティアサポーターとして参加している。新型コロナの影響でしばらく開催されていなかったが、コロナ禍前までで、営業職から研究開発職まで延べ160人の社員が参加したという。
22年からは、「VISI―ONEアクセラレータープログラム」もスタートした。これは働き方やつながりなど、視覚障がいに関わる6つの「壁」に関して、新規事業創出を図ろうとする企業・団体から、事業化アイデアの提案を募る取り組みだ。5社程度を採択し、合わせて1000万円を支援する。
「現在はまだ途中段階ですが、反響が非常に大きいことから、世の中の期待も大きいのではないか、と考えています」(森田氏)
基本理念や使命を実感 研究開発のヒントにも
もともと参天製薬では、ブラインド体験や視覚障がい者の話を通じて視覚障がいを理解するプログラム、「ブラインド・エクスペリエンス」を約4000人の全従業員が経験している。そのため、視覚障がいへの理解度は高い。加えて、これまで紹介した支援活動などにより、社内にもさまざまな好影響が出ているという。
全従業員に「ブラインド・エクスペリエンス」を実施し、視覚障がいについての理解を深める
「視覚障がいに関する活動の場に出て、いろいろなことを見聞きすることで、会社が最も大事にしている基本理念や、本業である目の健康の重要性を広めてサポートするという自分たちの使命を実感し、仕事に対するモチベーションが高まります。次も参加したくなり、リピーターになる人も多いですね。ブラインドサッカーにはまり、自主的に地域の活動に参加している従業員もいます」(森田氏)
また、視覚障がいのある人と直接話すことで、研究開発のヒントが得られるという。
「実は普段、視覚障がい者の方と出会う機会はそれほど多くはありません。ボランティア活動の中で、目に関する苦しみや悩みを直接伺えることは、新しい製品やサービスの開発の大きなヒントになります。また、営業職の従業員が、活動で出会ったブラインドサッカーをされている方に、医師向けの勉強会のゲストスピーカーをお願いしたこともありました。眼科医の先生方も、治療を終えられた後の視覚障がい者の方々と接する機会は少ないので、貴重な場になっていると聞いています」(森田氏)
ブラインドサッカーの取り組みについて、就職説明会で話すと、学生の反応が非常に良いという。
「学生さんの目の色が変わり、多くの質問が寄せられます。このような会社のビジョンや活動に興味がある方に入社いただくことで、企業も発展していくと期待しています」(油本氏)
今後もこれまでの活動を継続しつつ、新たな取り組みも進めていきたいと森田氏は語る。
「同じ思いを持つ複数の企業や人が重なり合うことで、単独ではなし得ないことができ、目にまつわる社会課題の解決ができると考えています。そのために何をすべきか整理した上で、実行に移していきたいですね」(森田氏)
こうした社会貢献活動はあくまで「本業以外のもの」という位置づけになりがちだ。しかし、参天製薬は「本業以外どころか、本業そのもの」だと考えているという。
「私たちの目標は、目に関する疾患による社会損失をなくすこと。その観点から考えると、ブラインドサッカーに関する取り組みは、本業のついでどころか、延長線上にあるインクルージョン活動であり、取り組みたいことのど真ん中の活動といえます。活動はSDGsの『誰も置き去りにしない』という理念にも合致しており、参天製薬自体のサステナブルな活動ともいえます。この活動は創業132年、目のスペシャリティ・カンパニーの私たちにしかできないことであり、使命感を感じる一方、楽しみなことでもあります」(森田氏)
スポーツを支援することが、自社の目標達成にも直結する。参天製薬の取り組みは、企業スポーツの在り方の新しい姿を示している。
「IBSAブラインドサッカーヨーロッパ選手権 ディビジョン2 2021」に協賛するなど、国内のみならず海外での支援も行っている