「alːku阿佐ヶ谷」の阿佐ケ谷駅側エントランス
働く 集う 和む
目指すのは「子育てを応援するコミュニティの形成」
──中央線の高架下コミュニティ「alːku阿佐ヶ谷」
JR中央線・総武線の阿佐ケ谷駅。都心部へのアクセスがしやすいといった理由から、学生・社会人・ファミリー問わず、居住地として人気が根強い。そんな阿佐ケ谷駅から高円寺駅方面へ高架下沿いに歩いて行くと、ショッピングセンター『Beans阿佐ヶ谷てくて』『阿佐ヶ谷ゴールドストリート』が続き、さらにそのもう一区画先に、2020年4月に開業した、新たな高架下コミュニティがある。
コンセプトは「阿佐ヶ谷に暮らす、
子育て世代の応援コミュニティ」
2020年4月、JR阿佐ケ谷駅・高円寺駅間の高架下に商業施設「alːku阿佐ヶ谷」(以下、アルーク阿佐ヶ谷)が新規開業した。この施設を開発したのは、JR東日本グループのデベロッパー、株式会社ジェイアール東日本都市開発(以下、JRTK)だ。
同社の事業内容は主に開発管理事業、ショッピングセンター事業、オフィス・住宅事業、物販・飲食事業で構成されるが、近年特に注力する取り組みの一つが「高架下を起点としたくらしづくり・まちづくり事業」(スローガン「TOKYO UNDERLINE VISION」)である。
○JRTKによるキャンペーンステートメント(宣言文)
高架下から未来のまちづくりを TOKYO UNDERLINE VISION
未来の東京を面白くするのは、高架下かもしれません。
駅から駅へと伸びる、都市の余白に、人々の賑わいや憩いを創造していく。
そして、暮らしをより豊かにしていく。
高架下に秘められた価値を引き出しながら、私たちは未来のまちづくりに挑みます。
アルーク阿佐ヶ谷のコンセプト立案などを担当した、JRTK 開発事業本部 マーケティング・開発部 課長代理 山田慎平氏はこう話す。
「阿佐ケ谷駅から高円寺駅の間は大体1.3km弱と、歩いても15~20分程で、高架下ということから雨にもぬれません。通勤・通学で通る方もいれば、買い物の行き帰りに通る方もいらっしゃいます。もともと阿佐ケ谷駅~高円寺駅間の高架下は、多様な住民が行き交う生活動線でした。
中でも、度々の現地リサーチで感じたのは、阿佐ケ谷駅周辺にお子さま連れの子育て世代の女性が非常に増えてきたことです。街中ではチャイルドシート付きの自転車もたくさん往来しています。そうしたリサーチを経て、辿り着いたのが『阿佐ヶ谷に暮らす子育て世代を応援するコミュニティ』という、アルーク阿佐ヶ谷のコンセプトでした」(山田氏)
株式会社ジェイアール東日本都市開発 開発事業本部 マーケティング・開発部 課長代理
山田慎平氏
その背景には内省もある。かつてアルーク阿佐ヶ谷の場所には、「阿佐ヶ谷アニメストリート」というアニメをテーマにした商業施設があった。阿佐ヶ谷以外のエリアからクリエイター、若い世代、外国人観光客らに足を運んでもらうべく14年に開業した商業・文化施設で、JRTKにとっては「高架下コミュニティのイメージ・価値を変えるためのチャレンジングな取り組み」だったが、思うように集客が伸びず、19年に閉業を余儀なくされていたのだ。
「ここは他エリアから人を呼び込む場所ではなく、より地域に根ざした場所にするべきではないか」──山田氏はアニメストリートとは違う、まったく新しいコンセプトを模索し「阿佐ヶ谷に暮らす子育て世代を応援するコミュニティ」という答えにたどり着いた。
「『阿佐ヶ谷(Asagaya)~高円寺(Koenji)間の場所(Location)と生活(Life)をつなげたい(United)』『この場所をゆっくり"歩きながら"楽しんでいただきたい』『阿佐ヶ谷~高円寺間の地域の方たちとともに"歩んで"いきたい』──そんな思いから、施設の名称を"alːku=アルーク"としました」(山田氏)
阿佐ヶ谷(Asagaya)~高円寺(Koenji)間の場所(Location)と生活(Life)をつなげたい(United)といった思いから、"alːku=アルーク"と名付けられた
デザイン事務所とデベロッパーの協働プロジェクト
20年4月の開業直後、アルーク阿佐ヶ谷には全11の施設が順次オープンした。出店したのは学童保育(英会話レッスン、体操クラブ、アフタースクールなど)の関連施設の他、テイクアウト専門店・カフェが中心となっている。そこにはいわゆる「レストラン」「アパレル」「雑貨店」のような、ショッピングセンターに"お決まり"の業態が見受けられない。
「阿佐ケ谷駅のある杉並区では、保育需要はある程度満たされています。一方で学童需要に対する供給がまだ十分に足りていない、という実状がありました。そこで第一に、子育て世代を子どもへの教育面から支えるべく、学童保育の事業者さまに出店していただきました。
さらに、保護者の方がお子さまの送り迎えをする時に生じる、ちょっとした空き時間に立ち寄ることができる、テイクアウト専門店などの施設があれば便利ではないかと考えました。あくまでも『阿佐ヶ谷に暮らす子育て世代応援』にこだわっています」(山田氏)
施設リニューアル工事は19年11月に着工。環境デザイン・環境工事には愛知県名古屋市を中心に活動するデザイン事務所・エイトデザイン株式会社が参画している。
そのきっかけは、エイトデザイン直営の親子カフェ「エイトパーク」を視察したことだった。これは名鉄犬山駅直結の施設で、駅利用者・周辺住民が集まる場所として、駅周辺の地域活性化に寄与していた。アルークプロジェクトではJRTKと、このエイトパークの実績を持つエイトデザインのタッグにより、アルーク阿佐ヶ谷を理想の"子育て世代応援"空間にするべく具現化していくことになる。
「小さなお子さまも集まる場所なので、ナチュラルな風合いの木、鉄、植栽を随所に盛り込みました。特にエントランス周りに使用した木材は、私たちが新木場まで出向き、古材から探し出したもの。いかにも『新しいショッピングセンターにリニューアルしました!』といった雰囲気にはせず、自然と人が集まってくる空間にしたかった。JRTKでは中期経営ビジョン『Renovation2024』を発表していますが、そこでは"地域密着"をうたっています。アルーク阿佐ヶ谷はJRTKにとって、その先駆けとなる存在だと考えています」(JRTK 施設管理本部 次長 高松栄一氏)
株式会社ジェイアール東日本都市開発 施設管理本部 次長
高松栄一氏
ナチュラルな風合いの木などを用い、温かみを感じられる空間にした
高架下という制約の中で
最高の空間をデザインする
エイトデザイン 東京店店長 中原晋作氏はこう話す。
「アルーク阿佐ヶ谷は子育て世代に向けた施設なので、お子さまがより親しみやすいデザインにしたいと考え、全体のモチーフに"丸・三角・四角"を盛り込みました。また高架下は、雨や日差しをしのげるというメリットがある一方、昼間でも薄暗い印象となるデメリットがあります。小さなお子さまを連れたご家族はもちろん、ご通行のお客さまが安心して通ることができるよう、明るく温かみがある印象にしたいと考え、木のパネルを設置しています」(中原氏)
モチーフに丸・三角・四角を盛り込み、お子さまに親しみやすいデザインに
エイトデザインはアルーク阿佐ヶ谷のコンセプト自体に共感したことから、自社の東京オフィスをアルーク阿佐ヶ谷内に構えることに。さらには自社で展開する「ハチカフェ」を事務所に併設、往来するお客さまに人気のお店となっている。
「通行されるお客さまから『前よりもだいぶ雰囲気が明るくなった』『おしゃれになった』『こんなところが近くにできてうれしい』とのお言葉をいただいており、通行量も増えたと聞きます。お手伝いした私たちとしても、うれしく思います」(中原氏)
エイトデザインの事務所に併設している「ハチカフェ」
ハチカフェには、スタッフとのコミュニケーションを楽しみに、足を運ぶお客さまもいるという
他方、「こうしてデザイン事務所さんとの協業で商業施設を開発していく試みは、個人としても成長できたプロジェクトでした」と振り返るのは、高松氏と同じ施設管理本部 係長 大竹さやか氏だ。
「私たちがJR東日本グループのデベロッパーとして、高架下事業で"絶対に"守らなければならない、当然と思っているルールには、弊社以外のプロジェクトメンバーになかなか伝わりにくい暗黙の了解のようなものもあります。『高架下空間』『高架下建築』という言葉からだと忘れられがちなのですが、高架橋は"列車の線路を支えている構造体"です。よって施工時にその構造体に傷をつけてはならないことはもちろん、施設がオープンしてからも列車の安全運行の妨げになる要因をつくることがあってはいけません。通常の空間デザインとは違ったルール・チェック項目を課さなければならず、特にプロジェクトメンバーであるエイトデザインさま、出店テナントさまとは何度も現場でのコミュニケーションを繰り返しながら、そのことを理解していただくよう努めました」(大竹氏)
株式会社ジェイアール東日本都市開発 施設管理本部 係長
大竹さやか氏
アルーク内で地域を巻き込むイベントも開催中
山田氏は、JRTKのこれからの取り組みについてこう話す。
「私自身も実は阿佐ヶ谷の住民なのですが、コロナ禍以降の阿佐ヶ谷近辺はこれまでより、街に出る人が増えている印象があります。あくまで私の推測ですが、新宿・渋谷といった都心に行く頻度が減った分、家の近くを散策する機会が増えたのではないでしょうか。さらにこれが子育て世代となれば、大人以上に家にいるのを我慢ができないお子さまもいる。そんな時、お子さまを連れて行く場所の選択肢の中に、アルーク阿佐ヶ谷が入ればうれしいですね」(山田氏)
目指すは、子育て応援コミュニティを地域とともに形成していくことだ。その兆しは徐々にだが見え始めている。オープン後、アルーク阿佐ヶ谷内でJRTKが企画・開催している各種イベントもその一つだ。
「開業半年後の20年10月に行われたハロウィーンイベントでは、テナント店の協力のもと、子どもたちにお菓子を配布する企画を実施。『TRICK OR TREAT!』を合言葉に、かわいいお化けに扮装した子どもたちがアルーク阿佐ヶ谷内に集まりました。22年5月のalːku Festival 2022では、阿佐ヶ谷界隈では非常に有名な阿佐谷ジャズストリート実行委員会とのコラボコンサートを開催。地元の高校の吹奏学部による演奏も行っています。
alːku Festival 2022では、阿佐ケ谷駅側にあるテラスにて、阿佐谷ジャズストリート実行委員会とのコラボコンサートを開催
当地の特性から考えて、アルーク阿佐ヶ谷ではわれわれデベロッパーが打ち上げ花火的に派手なことをして集客するのではなく、テナントさまと地域の皆さまとをつなぎ合わせながら、じわじわと認知を広めていく──そんな地域に根ざしたコミュニティ形成が適合するのでしょう。JRTKはあくまでもそれを応援する立場でありたい。主役は地域の皆さまだと思っています」(山田氏)
子育て世帯を応援する新たなコミュニティを形成する──。アルーク阿佐ヶ谷の挑戦が、地域の人々のつながりを生み出している。
JRTKでは他にも、地域に根ざし多世代の交流を育むまちづくりとして、コトニアガーデン新川崎などを開発している(撮影:(株)エスエス)