JR東日本:and E

働く 集う 和む<br>駅舎に温泉!? 女川町民に愛されるコミュニティ<br>再興への挑戦<br>──女川温泉ゆぽっぽ

ウミネコが羽ばたく姿をイメージした白い大きな屋根が特徴の女川駅。その駅舎2階に温泉施設「女川温泉ゆぽっぽ」がある

働く 集う 和む
駅舎に温泉!? 女川町民に愛されるコミュニティ
再興への挑戦
──女川温泉ゆぽっぽ

JR石巻線の終着駅である「女川(おながわ)駅」。地上3階建の駅舎の大きな特徴は、女川港を飛び交うウミネコが羽ばたく姿をイメージした白い大きな屋根、女川の町並みと女川湾を臨める3階の展望デッキ、そして2階部分に併設された温泉施設「女川温泉ゆぽっぽ」(以下、「ゆぽっぽ」)である。源泉は低張性アルカリ性。「美人の湯」とも称される。休日にもなると多くの旅行客や家族連れで賑わい、コロナ禍前の利用者数は年間およそ5万人にのぼった。

震災により失われた温泉コミュニティを取り戻す

 JR石巻線・女川駅舎(宮城県牡鹿郡女川町)の2階にある温泉施設「ゆぽっぽ」は、かつて女川駅に隣接していた町営温泉だった。近くの商店街から配達された出前を町民みんなで囲んだり、町民同士でカラオケを楽しんだりする風景が毎日見られる──そんな「地元町民に愛されるコミュニティ」だったという。
 しかし2011年3月11日。東日本大震災の津波により女川町は甚大な被害を受けた。女川駅舎は全壊、石巻線もこの日から全線不通に。「ゆぽっぽ」もまた、閉館を余儀なくされた。
 震災後、女川町の再建に立ち上がったのが、女川駅舎の設計者である坂茂(ばん・しげる)さんである。坂さんは国内外で数々の実績を持つ著名な建築家。紙管やコンテナを利用した建築作品や災害支援活動でも知られている。震災直後も各地の避難所で、プライベート空間を確保するための紙管による間仕切りシステム「PPS(ペーパー・パーテーション・システム)」を開発・設置するなど、活動していた。女川町に辿り着いたのも、その活動を通じてのことである。
 坂さんは女川町の避難所で、紙管間仕切りシステムとともに「多層コンテナ仮設住宅」を設計している。完成後も町民との縁は続き、その中で今度は町民から「銭湯に入りたい」との声があがった。ちょうど時期を同じくして女川駅舎再建の話も持ち上がっており、両者が結びついて駅舎内に「ゆぽっぽ」が合築されるに至ったという。
 震災からおよそ4年後。JR石巻線が全線開通した2015年3月21日、女川町による町開きイベント「おながわ復興まちびらき式典」とともにJR女川駅が開業し、その翌日に新しい「ゆぽっぽ」が開業した。

Sries-Column_48_01.jpg

約4年振りとなる「ゆぽっぽ」の復活に、「銭湯に入りたい」という町の人々は大いに喜んだ

利用者を迎え入れる大作タイルアート『家族樹』

 「ゆぽっぽ」の運営母体は女川町が組成した「女川町ゆぽっぽコンソーシアム」で、現在は指定管理者制度のもと、株式会社サンアメニティが代表企業を務めている。同社の復興・創生支援事業本部兼CSR担当で、「ゆぽっぽ」副支配人でもある木田宗毅さんは、開業当時をこう話す。
 「私が『ゆぽっぽ』の副支配人に着任したのは、駅舎開業直前の2015年3月1日。そのため、震災で駅舎が全壊してしまった当時を直接は体験していません。ただ、震災からまだ4年の月日しか経っていない時期だったこともあり、このあたりは一切何もなく駅舎だけがポツンと建っている、そんないささか寂しい状態でした。しかし周辺エリアに避難されていた町の方々が、駅舎および『ゆぽっぽ』の開業を喜んでくださり、開業セレモニーには大勢の方がお祝いに駆けつけてくださいました」
 15年の開業以降、「ゆぽっぽ」の利用者数は堅調に推移した。

Sries-Column_48_02.jpg

「女川温泉ゆぽっぽ」で副支配人を務める木田宗毅さん

 「開業直後のご利用者は、どちらかというと"東北を応援に来てくれた老若男女の観光のお客さま"が中心でした。一方で、やはり『ゆぽっぽ』再開を待ち望んでいた町の方々は多く、駅舎周辺の復興が進むにつれ、かつての賑わいが戻ってきました。平日ならば、観光のお客さまと地元の常連の方たちが、ちょうど半々くらいになるほどです。土日は観光のお客さまに人気で、列車の発車時刻までに余裕のある方などが積極的に温浴されています」

Sries-Column_48_03.jpg

駅舎の外には無料で利用できる足湯も設けられており、気軽に温泉気分を味わうことができる。ご利用の際は、足を拭くタオルやハンカチを忘れずに

 「ゆぽっぽ」の館内はいくつも見どころがあるが、最も目を惹くのが館内の壁面部分に設置された3つのタイルアート作品だ。株式会社LIXIL「女川温泉ゆぽっぽ タイルアートプロジェクト」によって制作されたもので、タイルへの作画には「フォトタイル」と呼ばれる写真転写技術(絵を印刷した転写紙をタイル表面に張り、焼き付け転写を行う技術)が使われ、使用したタイルの枚数は、3作品総計で約6,000枚にのぼるという大作である。
 「浴場には日本画家・千住博さんが手がけた『霊峰富士』『泉と鹿』、テーブルとカウンター席が設けられた休憩所には千住さんとインダストリアルデザイナーでイラストレーターでもある水戸岡鋭治さんによる共作『家族樹』が飾られています。千住さん・水戸岡さんのいずれも坂さんの呼びかけに賛同し、アートディレクターとして参加されました。特に『家族樹』のタイル内の大樹に1枚1枚配置されている花びらは、全国と町民の方から公募した"花"のイラストをベースとしており、ご覧になったお客さまからもたいへん好評です」

Sries-Column_48_04.jpg

休憩所の壁面を大きく飾る『家族樹』は、日本画家・千住博さんとデザイナー・水戸岡鋭治さんの共作。大樹に咲く1枚1枚の花びらは、女川町民や全国から公募したイラストがベースとなっている

Sries-Column_48_05.jpg

浴場の壁面に大きく飾られたタイルアートは、日本画家・千住博さんの『霊峰富士』の絵をタイルに焼き付けたもの

Sries-Column_48_06.jpg

同じく日本画家・千住博さんの『泉と鹿』は、温泉に浸かる人の目を楽しませる

地元と観光、双方のお客さまを呼び込む
コミュニティを創出したい

 女川町の観光資源を創出するとともに、まちのコミュニティスペースを復活させた「女川駅舎&ゆぽっぽ再興プロジェクト」だが、2020年以降も苦境に立たされる。
 ほかの温泉施設もそうであるように、コロナ禍により「ゆぽっぽ」もまた、利用者が激減。また21年2月・5月には地震の影響で2階浴室と休憩所にあるガラス計7枚が割れるなどの被害を受け、休業を余儀なくされる。その後改修工事を行い、安全性も確認されたことから、翌年22年8月21日に、1年3カ月ぶりに営業を再開した。
 数々の困難を乗り越え、お客さまも徐々に戻りつつある。木田さんは15年に開業した新生「ゆぽっぽ」というコミュニティが再び失われたことで「地元の方々のコミュニティスペースとして機能している『ゆぽっぽ』の重要性を改めて再認識した」と話す。

Sries-Column_48_09.jpg

大きな窓が配置された休憩所は、町の人々の大切な交流の場となっている

Sries-Column_48_07.jpg

1Fの天井やベンチには紙管が用いられ、その曲線が癒やしの空間を演出している。また壁面には、震災直後の2011年3月14日、避難所に貼り出された石巻日日新聞社の壁新聞の現物が飾られている。「電気がなくても、紙とペンがある」とつくられたこの新聞は、世界中で大きな反響を呼んだ

Sries-Column_48_08.jpg

屋根に透過性のある膜素材が採用されたことで、「ゆぽっぽ」の内部には自然光が取り込まれ、暖かな雰囲気が醸成される

 コロナ禍の影響で中止されることもあるが、「ゆぽっぽ」では月2回のカラオケ大会が催され、それを楽しみにしている町の方も多いという。
 「震災前の『ゆぽっぽ』の温泉施設でも、一風呂浴びた町民の皆さまが広間に集まり、カラオケ大会を催していたそうです。そのため、新しくなった『ゆぽっぽ』でも当時にならい、カラオケ大会を開催しています」
 もっとも、観光で来訪した方にとっては、駅舎2階にある大浴場に来てみたら、まさか地元の方々がカラオケ大会で盛り上がっているなどとは思いも寄らないだろう。
 「特に、ご年配の方にとっての"大衆浴場"とは、習慣的に仲間との交流が生まれる大事な場所。コロナ禍でご利用者数はまだまだ厳しい状況が続きますが、これからも地元の皆さまのコミュニティとして大切に育んでいきたいです」
 他方、観光目的のお客さまについてはどう考えているのだろうか。最後に木田さんは、今後の展望をこう話す。
 「女川駅と一体であるという『ゆぽっぽ』の特性を生かし、鉄道のスタンプラリーのようなイベントも企画してみたいですね。『ゆぽっぽ』の長所を生かしたアイデアは、考えれば考えるほどあふれ出てきます。ほかの温泉施設だと、どうしても自家用車でのご来館が多くなると思うのですが、『ゆぽっぽ』は風呂上がりに売店のビールをいくら飲んでも、すぐに列車に乗ることができ、自宅の最寄り駅までお帰りになれます(笑)。駅舎と一体となった温泉施設という、国内でも珍しいその魅力を存分に生かしていきたいです」
 地元の方々の憩いの場であり観光資源でもある「女川温泉ゆぽっぽ」は、そこにしかないオンリーワンの魅力を持つ施設。今後、木田さんたちスタッフが、地域の方々や観光のお客さまに向けて、どのようなコミュニティを創出していくのか楽しみだ。

Sries-Column_48_10.jpg

温泉に入った後、すぐにJR石巻線に乗ることができるのも「ゆぽっぽ」の魅力の一つ

Series & Columns連載・コラム

  • スペシャルeight=
  • JR東日本TOPICS 行ってみた! 聞いてみた!JR東日本TOPICS 行ってみた! 聞いてみた!
  • SDGs×JR東日本グループSDGs×JR東日本グループ
    • 働く 集う 和む 空間の可能性働く 集う 和む 空間の可能性
    • カルチャーコラムカルチャーコラム
    • 地域発!世界を支える ものづくり地域発!世界を支える ものづくり
    • 東北に生きる東北に生きる
    • 働く 集う 和む 空間の可能性働く 集う 和む 空間の可能性
    • カルチャーコラムカルチャーコラム
    • 地域発!世界を支える ものづくり地域発!世界を支える ものづくり
    • 東北に生きる東北に生きる