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新しい移動の概念「MaaS」の現在<br>MaaS社会実現のカギは「つなげる」こと<br>競争と協調を見極める

新しい移動の概念「MaaS」の現在
MaaS社会実現のカギは「つなげる」こと
競争と協調を見極める

「MaaS(マース)」とはMobility as a Serviceを略した言葉で、「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス」(国土交通省HPより)を意味する。国交省では「日本版MaaS」を推進しており、さまざまな自治体・事業者が全国で関連プロジェクトを展開中だ。では、この「MaaS」とは、利用者に何をもたらし、社会をどう変えていくのだろうか。日本における都市交通計画の第一人者で、日本社会にマッチした形でのMaaSの社会実装を目指す一般社団法人JCoMaaS(ジェイコマース)の代表理事を務める東京大学の中村文彦特任教授に話を伺った。

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中村文彦
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任教授
1962年新潟市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業、同大学院修士課程修了。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授等を経て、2021年より現職。「MaaSおよびモビリティサービスに関する産官学での知の共有を行い、移動や都市の改善、技術革新につなげること」を目的に設立した一般社団法人JCoMaaSでは代表理事を務める。三井不動産東大ラボメンバー。

サービスとしてのMaaS発祥はフィンランドの「Whim」

 MaaSの概念が"サービス"として定着したのは、2016年からフィンランドのヘルシンキで実証実験が行われた「Whim(ウィム)」においてだといわれています。目的地までのルート検索、地域公共交通機関の予約・決済などを同一アプリ内で行える定額型のモビリティアプリケーションで「WhimこそがMaaSのベンチマーク」とされることも多いようです。
 しかし、Whimが成功した背景には「自動車産業が盛んではないフィンランドは国策として自家用車を減らすことに抵抗がなかった」「通信ベンダー・ノキアの成功もあり情報化社会が発達していた」「公共交通がすでにある程度一元化されていた」「移動に不便さを感じる人たちの市民活動が背景にあった」など、フィンランド特有のお国柄が関係しています。
 日本とはあまりにも前提条件が違いすぎますから、Whimとまったく同一のサービスを日本に"輸入"したとしても、おそらくうまくいかないものと考えられます。

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「MaaS先進国」といわれるフィンランドでは、鉄道・バス・タクシー・レンタカーなど、さまざまな交通手段を組み合わせたルート検索・予約・発券・決済を可能とした、MaaS Global社開発のモビリティアプリケーション「Whim」を首都・ヘルシンキで実用化。その後、ベルギー、イギリス、オーストリアなど国境を越えた都市でも利用されるに至り、日本にも進出している

「as a Service」が意味するところとは

 では、日本でMaaSを社会実装していくには何が必要なのでしょうか。
 私が「MaaS」という言葉を知ったのは、ちょうどWhimの実証実験が開始された16年頃だったと思います。MaaSの概念に大きな期待を寄せた一方で、長く都市交通計画を専門としてきたからこそ「また流行り言葉で終わってしまうのではないか」との懸念も持ちました。
 そもそもMaaSは「Mobility as a Service」の略称ですが、最大のポイントは「as a Service」の部分にあると思います。つまり公共交通を「まるで一つのサービスであるかのように」使えなければいけないのです。
 MaaSに関係する人々は、私たち学者のほか、民間の交通事業者、自動車メーカー、IT事業者、そして自治体など、実に多様な面々。学問的にも産業的にも学際的で、それはとても素晴らしいことです。しかし、他方でいわゆる「ムラ社会化」が起こりやすい懸念もあります。仮に、自動運転技術をMaaSの中核に置いたり、オンデマンドバスこそがMaaSであると喧伝したり、あるいは交通事業者が自社系列の交通サービスだけしか乗り入れできない囲い込みを始めたりしてしまったらどうなるでしょう。
 それでは、いつまで経ってもMaaSの真の効果は発揮されません。
 もっとも、MaaSといえどもビジネスですから、企業間競争が起こることは否定しません。ですが競争を優先した結果、ユーザー側が使いにくいサービスに仕上がり、結局は誰にも使ってもらえないようでは本末転倒です。事実、そうした事象を、私たちは過去にいくつも目の当たりにしてきました。

MaaS社会において「駅」が重要なハブとなる

 もう一つ重要な視点は、日本でMaaSが社会実装されたとしても、それは決してゴールではないということ。MaaSの本懐は、その先にある社会課題解決にあります。
 例えば、日本は近年交通事故死者数が大幅に減ったといわれますが、その内訳を見ると、実は「歩行中および自転車乗車中の交通事故」は高い水準にあります。もちろん、最近の高齢者による免許返納問題が象徴する移動困難者の問題も、世界的関心事であるカーボンニュートラルも、MaaSと無関係ではありません。
 幸いにも、日本は鉄道インフラがしっかりと整備され、鉄道事業者もいい意味でたくましいので、この「鉄道」をさらに活かすことで新たな可能性が生まれると思います。そして、ここで私が強調しておきたいのは、「Mobility as a Service」だからといって、プラットフォームに載せる対象はMobilityだけではないということです。交通サービス以外──例えば、行政サービスや地域の商業主体などが提供するサービスも十分対象になり得ます。
 特に、私はMaaS社会では「駅」が重要なハブとなるような気がしています。
 例えば、次の列車が発車するまでの待ち時間に快適な地域サービスを受けられ、それをMaaS上で予約・決済できたとしたら──。きっと私たちの毎日の移動は大きく様変わりしますし、外出を促されることでウェルビーイング向上にも貢献してくれるでしょう。
 いずれにせよ、MaaS社会実現のためには「つなげる」ことが不可欠です。ユーザーの利便性向上を第一に考え、たとえライバル企業であろうとも積極的に相互利用等を受け入れて「協調」していく、そんな未来に期待しています。

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