「プレイアトレ土浦」の入り口すぐに自転車専門店「ル・サイク」が展開。プレイアトレ土浦の店内通路には、自転車の持ち込みが可能なことを示すブルーのラインが全館に敷かれている
働く 集う 和む
国内最大級のサイクリング拠点施設
──プレイアトレ土浦
JR土浦駅の駅ビル施設「プレイアトレ土浦」は、サイクリスト(自転車愛好家)が求めるメンテナンスや宿泊など、あらゆるニーズを満たすサイクリング拠点施設だ。その一角に、茨城県が設置し、JR東日本グループの株式会社アトレが指定管理者として管理運営を行っている公設民営施設「りんりんスクエア土浦」がある。2018年に第1期エリアがオープンした同駅ビルに、なぜ「サイクリングリゾート」が誕生したのか。全国から視察が訪れるなど注目を集める、この施設の背景に迫る。
厳しい前提条件下で見いだした
「コト消費型駅ビル」のビジネスモデル
JR常磐線が乗り入れる土浦駅。ここで駅ビル「WING」が開業したのは今から40年ほど前、1983年4月のことである。当時日本経済は活況を呈し、土浦駅周辺もにぎわっており、新たに開業したWINGも地元のランドマークとして人々から愛されていたという。
しかし、バブル崩壊で完全に景気が後退した97年以降、駅周辺にある商店の撤退・廃業が相次ぎ、駅前の空洞化が一気に進んでしまう。さらに2005年には、つくばエクスプレスが開通。隣町・つくば市へ多くの人口が流入したことで、つくば・土浦エリアに続々と大型ショッピングモールがオープンした。それらの影響を受け、WINGは、最盛期の112億円から35億円にまで売上が激減、08年7月に閉館を余儀なくされた。
その後、1年間の全館リニューアル期間を経て、09年からイオンモール株式会社とJR東日本の共同事業として「ペルチ土浦」がオープンするが、改装休業の間、周辺に有力ショッピングモールの開業が相次ぎ、リーマンショックによる景気悪化なども加わったことで、マーケット状況が極端に悪化する中での困難な船出を余儀なくされ、改装初年度の売上は、WING時代よりも後退、17億円にまで落ち込んだ。株式会社アトレは、そうした苦境のペルチ土浦の運営を継承し、一時は回復傾向を見たものの、再びかつての賑わいを創出するまでには至らなかった。
ペルチ土浦の閉館を担当し、プレイアトレ土浦の立ち上げにも携わった株式会社アトレ担当課長 茨城DC推進プロジェクトチーム統括の佐川綾さんは当時をこう振り返る。
株式会社アトレ
担当課長 茨城DC推進プロジェクトチーム チーム統括
佐川綾さん
「通常の駅ビルは、足元商圏のお客さまである地域住民や駅利用者をターゲットに、テナントを通じてモノを売るというビジネスモデルです。しかし、車社会である地方都市ではそのビジネスモデルは崩壊しつつあり、車弱者である学生やシニア層が駅ご利用者のメインである土浦は、『人が集まりにくい』『モノが売れにくい』『テナント誘致がしにくい』の三重苦を抱えていました。とはいえ、駅と一体となった駅ビルは公共インフラとしての側面があり、地域社会との結び付きも強いことから、安易に撤退を選択することはできませんでした」(佐川さん)
駅ビルの存続危機に直面する中、アトレ社内では16年に駅ビル再生プロジェクトを立ち上げ、土浦の地域特性に即した新たな駅ビルの検討を具体的に進めていった。ただし、一般的なやり方では通用しそうにない。厳しい条件が課せられた中で、佐川さんらプロジェクトチームがたどり着いたのは「モノを売ることにこだわらない、"コト消費型"駅ビル」の発想だった。
コト消費のビジネスモデル構築にあたっては、佐川さんたちを後押しする"地域コンテンツ"の存在があった。それは茨城県が推し進めている、筑波山や霞ヶ浦を中心とした全長約180kmのサイクリングコース「つくば霞ヶ浦りんりんロード」だ。このサイクリングコースを満喫してもらえる施設にすれば、コト消費型の新しいタイプの駅ビルとなるのではないか。佐川さんたちは、駅ビル再生への"一つの解答"に向けて動き出した。
その実現のためには、茨城県の協力が絶対不可欠であった。茨城県 県民生活環境部 スポーツ推進課 課長の石原均さんに、県が参画に至る経緯について話を伺った。
茨城県
県民生活環境部 スポーツ推進課 課長
石原均さん
「時代としては昭和のことですが、かつて筑波山地西麓の外縁に沿って土浦駅と岩瀬駅を結んだ筑波鉄道が運行していました。その廃線敷を自転車・歩行者専用道に有効利用し、02年に『つくばりんりんロード』が開通しました。このコースに、霞ヶ浦湖岸を一周できる新たなコースを組み合せ、さらに本格的なサイクリングコースとするプロジェクトを立ち上げたのが12年。その際、二つのコースの結節点に位置する土浦駅は重要なゲートウェイであり、かねてより駅周辺に拠点となる施設がほしいと考えていました」(石原さん)
茨城県にとって佐川さんらの「プレイアトレ土浦構想」は、まさしく"渡りに船"だった。こうして国内最大級のサイクリング施設誕生に向け、プロジェクトが走り出した。
「ウチのまちにもほしい!」
公設民営のサイクリング拠点施設・りんりんスクエア土浦
18年3月29日、プレイアトレ土浦の第1期エリアがオープン。翌19年4月26日・同年5月31日・20年3月19日には第2〜4期エリアがオープンし、各フロアで営業が開始された。
中でも地下1階〜地上1階で第1期から営業しているのが「りんりんスクエア土浦」だ。サイクリスト向けのサービスを"ワンストップ"で提供できる機能を完備している。佐川さんと共にプレイアトレ土浦の開業準備を行い、現在も運営全般に携わる株式会社アトレ チーフエリアマネージャー 茨城DC推進プロジェクトチーム サイクルツーリズム担当の林航平さんは、その魅力についてこう語る。
株式会社アトレ
チーフエリアマネージャー 茨城DC推進プロジェクトチーム サイクルツーリズム担当
林航平さん
「『りんりんスクエア土浦』の1階には、北関東最大級のフロア面積を誇る自転車専門店『ル・サイク』が入っており、最先端のスポーツバイクを販売したり、つくば霞ヶ浦りんりんロードに向かうサイクリストのための修理サービスを提供しています。また、地下にはコインロッカーやシャワールーム、更衣室も完備。『ル・サイク』や県によるレンタルバイクも常時100台ほど用意していますから、サイクリストの方でなくても、誰でも気軽にサイクリングを楽しむことができます」(林さん)
実際、手ぶらで土浦までやって来て、観光がてらサイクリングを楽しむお客さまもいる。特に週末やゴールデンウィークなどの長期休暇期間は人気が高く、多くの予約が入る状況だという。
「りんりんスクエア土浦」では、サイクルショップ、レンタサイクル、情報発信、交流スペース、組み立て・メンテナンススペース、シャワー、ロッカー、更衣室等、サイクリスト向けのサービスをワンストップで提供している
自転車専門店「ル・サイク」には、さまざまなスポーツバイクが集結
修理や調整も行ってくれるため、安心してサイクリングを楽しむことができる
さまざまな種類のスポーツバイクをはじめ、サイクリングに必要なものをレンタルすることができる
プレイアトレ土浦の3〜5階には星野リゾートを誘致。20年3月には、CYCLING HOTEL「星野リゾート BEB5土浦」が開業した。「BEB」は星野リゾートのいくつかあるブランドの中の一つで、コンセプトは「居酒屋以上 旅未満 みんなでルーズに過ごすホテル」。いつもの仲間と「すきな時に」「すきな場所で」「すきなように」過ごすことができるホテルとして、新たな旅のスタイルを提案するものだ。「星野リゾート BEB5土浦」では、CYCLING HOTELの名前の通り、ホテル内に自転車の持ち込みが可能。さらに一部客室では、室内にも自転車を持ち込んで宿泊ができ、サイクリストに好評を得ている。
CYCLING HOTEL「星野リゾート BEB5土浦」のエントランス
自転車を持ち込むことができるタイプの客室
ホテルのロビー。夜にはホテルご利用のお客さまが集い、交流の場として盛り上がるという
「私たちのビジョンは『地域再生・地域価値創造』です。これに共感し、同じ方向に向かって進んでいただけそうなホテル事業者として、星野リゾートさまにご相談しました。結果として私たちのビジョンや、『PEDALING RESORT─すぐそこにある180kmのサイクリング旅─』という施設のコンセプトに深く共感していただき、素晴らしい宿泊施設が誕生しました。宿泊のお客さまからも好評を得ています」(佐川さん)
「りんりんスクエア土浦」「ル・サイク」「星野リゾート BEB5土浦」以外にも、コンビニ・ドラッグストアも含めた各種ショップ、レストラン、カフェ、リラクゼーション施設等々、誘致した"サイクリストの憩いの場"はさまざまだ。もちろん、館内いずれの場所も自転車の持ち込みOKである。
プレイアトレ土浦の各店舗は通路が広く、ゆったりしているのが特徴。また、ヨーロピアンメニューとお酒を楽しめる小粋な料理、地元茨城の食材を使用したオススメメニューが揃うレストラン「NANAIRO Eat at Home!」(上)や、厳選したさつまいもを手作業にこだわって一つひとつ手間をかけて焼き上げる、茨城県かすみがうら市発祥のさつまいも専門店「蔵出し焼き芋かいつか」など、個性豊かな店舗が並ぶ
「おかげさまでサイクリング専門誌に取り上げられることもあり、ベテランサイクリスト、初心者を問わず、プレイアトレ土浦に集まり、交流が生まれています。一般に商業施設では自転車の持ち込みは制限されるので、『ウチのまちにもこういう施設がほしい!』とのうれしいお声もいただきます。一方で、自転車に乗らないお客さまにも楽しんでいただけるショップも多く、幅広い層にご利用いただいています」(林さん)
公設民営のサイクリング拠点として
茨城県の観光活性化に貢献
周囲を水辺に囲まれた水郷筑波観光を担う「つくば霞ヶ浦りんりんロード」、そしてそのゲートウェイとなる「プレイアトレ土浦」。特に、「りんりんスクエア土浦」は茨城県が設置、アトレが指定管理者として管理運営を行う公設民営の施設で、国内でもまれなケースだ。設置に当たっては「地方創生拠点整備交付金」が活用された。
最近では国内だけでなく、サイクリング文化が盛んな台湾などにもプロモーションを展開。茨城県の地方創生拠点として、この施設にかかる期待は大きい。
「茨城県には海・山・水辺・里山の全てが揃っています。かつ、そのいずれにもアクセスがしやすく、自転車はそれらを周遊観光いただくのに格好の交通手段です。最近のJRさんのサイクルトレインの取り組みも、アクセス性向上への期待感を高めています。現在、県ではつくば霞ヶ浦りんりんロードのほかにも、奥久慈里山ヒルクライムルート、大洗・ひたち海浜シーサイドルートという、初心者から上級者まで楽しめるモデルコースを整備しており、県西部地域では鬼怒・小貝リバーサイドルート(仮)を整備中です。つくば霞ヶ浦りんりんロードはそうしたサイクリング施策の"中核"です。プレイアトレ土浦は、国内のサイクリストはもちろん、海外の方々にも"胸を張ってお誘いできる場所"です。つくば霞ヶ浦りんりんロードに来ていただいたことをきっかけとして、茨城県全域への観光にも波及させていければ県としては何よりです」(石原さん)
「つくば霞ヶ浦りんりんロード」では、水郷筑波の大自然を満喫できる
佐川さんと林さんも、「プレイアトレ土浦」を起爆剤とした"駅近郊のにぎわい再生"にかける思いは大きい。これまで多くの駅ビルでは、駅直結の施設の中でお客さまに買い物などを楽しんでいただくための施策が講じられてきた。しかし、少子高齢化など、さまざまな社会課題がある昨今、従来型の施策だけでは対応しきれないのが現状だ。
「物流の世界などには『ハブ・アンド・スポーク』という考え方がありますが、駅近郊ににぎわいを取り戻すには、まさしくハブ=中核拠点となる駅ビルが、スポーク=分散拠点である地域の事業者の方々を巻き込みながら運営していく必要があると考えています。プレイアトレ土浦でいえば、まちを発掘すれば、私たちのビジョンやコンセプトに合致するコンテンツがまだまだ見つかるはずです。今後はイベント開催・交流などを通じ、土浦をはじめとする周辺のまちの皆さまとより深くつながり、その魅力を発信していければと考えています」(林さん)
林さんの言葉を受け、佐川さんはプレイアトレ土浦が、"地域の誇り"となる施設に成長することを目指しているという。
「茨城県は本当に魅力に溢れた観光地です。しかし、それが全国各地に知られているとは言い難いのも事実です。私自身は、プレイアトレ土浦の前身であるWINGやペルチ土浦時代の問題意識からスタートしたこともあり、地域の皆さまがこの場所を誇りに思い、自転車の街として自信を持って紹介できるような『シビックプライド』の醸成を心から望んでいます。これからもアトレ単体ではなく、地域や行政の皆さまのご支援を受けながら、プレイアトレ土浦の管理運営に携わっていきたいと考えています。今年の秋には02年以来、21年ぶりの茨城デスティネーションキャンペーン(23年10月1日〜12月31日)が始まります。この機会に地域と行政が緊密に連携し、新しい観光スタイルを提案していくことで、茨城県の観光地がより多くの人々に魅力的な場所として認知されることを期待しています」(佐川さん)
サイクリング拠点施設「プレイアトレ土浦」をハブとした、駅近郊のにぎわい再生。その効果は、ここに集うサイクリストをはじめとした皆さまの笑顔が物語っている。