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鉄道インフラ維持管理の現在とこれから<br>JR東日本の取り組み①<br>JR東日本における鉄道土木構造物の維持管理

鉄道インフラ維持管理の現在とこれから
JR東日本の取り組み①
JR東日本における鉄道土木構造物の維持管理

JR東日本では本社設備部門と土木設備技術センター、そして研究開発センターなど複数機関の連携のもと、鉄道土木構造物の維持管理業務に当たっている。その方針・体制について、担当者に話を聞いた。

鉄道土木構造物の維持管理は専門医による「定期健康診断」

 JR東日本が保有・管理する鉄道土木構造物の維持管理業務を担う専門機関、それが各エリアに配置された「土木設備技術センター」である。かねてJR東日本では本社および12支社(東京・横浜・八王子・大宮・高崎・水戸・千葉・仙台・盛岡・秋田・新潟・長野)の設備部門と、各支社管轄下の現業機関である「土木技術センター」が連携を図り、土木構造物の維持管理業務を遂行してきた。しかし今年6月、各支社での機能を一つに集約。新たに「土木設備技術センター」が開設された。2023年4月現在、総勢約850名が鉄道土木構造物の検査・診断業務、その結果に基づく修繕・改良工事の発注・監督業務に従事している。
 そもそもJR東日本が保有・管理する鉄道土木構造物は、橋りょう・高架橋約1万7400箇所、トンネル約1200箇所、土構造物(盛土・切取等)約5400㎞にも及ぶ。土木構造物の多くは在来線用と新幹線用に大別されるが、特に在来線用は戦前に建造されたものも少なくない。例えば「国内最古の現役鉄道橋」とされる最上川橋りょうは1886(明治19)年(※)、「国内最古の現役トンネル」とされる清水谷戸トンネルも1887(明治20)年の建造で、いずれも100歳を超える長寿の構造物である。

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 「鉄道の場合、自動車が走る一般道・高速道のように道路封鎖したり迂回路を設けたりすることは現実的でありません。そのため、構造物の取り替え・大規模改良に至る前段階として、定期的な検査実施および診断結果に基づく補修・部分取替などの措置を計画的に実施しなければなりません。その実情からほかの業界と比べかなり『長寿命化』の意識が高いと言えます」と話すのは、JR東日本鉄道事業本部設備部門土木ユニット(土木戦略)の吉田斉正マネージャーだ。

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吉田斉正 マネージャー
JR東日本 鉄道事業本部 設備部門
土木ユニット(土木戦略)

 さらに吉田マネージャーは、鉄道土木の維持管理業務をこうたとえる。
 「たとえて申し上げれば、私たちの仕事は医師に近いと思います。基本的には2年ごとに土木設備技術センター技術員の目視による通常全般検査を行っていますが、これが人間でいうところの『定期健康診断』に当たります。一方で特別全般検査は10年ごとに行っており、さしずめ『人間ドック』でしょうか(在来線トンネルは20年ごと)。検査で病変の可能性をしっかりと見極め、仮に病変の可能性が高いと判定された場合、計測機器等を用いた個別検査を実施します。その後は内服薬の処方、つまり補修や修繕で済む場合もありますし、大がかりな手術(改良工事)を要する場合もあります。構造物の長寿命化に向けて日々検査を繰り返していくことが、本社設備部門および土木設備技術センターの務めです」

※ もともと東海道本線に使用されていたものを1921(大正10)年に移設

維持管理を円滑化する検査体系と管理システム

 鉄道土木構造物の維持管理において、国が定める「鉄道事業法」「鉄道営業法」「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」等を遵守しなければならない。そのためJR東日本では、関係法令をもとに独自の社内規定・標準書・マニュアル等を制定・整備している。
 とりわけ、それらに規定される健全度判定は全般検査を行う上での重要指針となる。健全度判定の区分は「A=変状が認められる状態」を筆頭に、経過観察に当たる「B=進行すればA判定になる程度」「C=軽微な変状が認められる程度」のABC判定、そして「S=健全・影響なし」を加えた4段階がある。さらにA判定も緊急性の度合いから「AA」「A1」「A2」の3段階に区分されている。
 また、日々の検査結果は「土木構造物管理システム・MARS(マーズ)」に記録・保管されていく。MARSには構造物の諸元の他、現場の写真・変状位置図・過去の検査・工事履歴等々が記録され、本社・支社・現場を問わずJR東日本の土木技術員であれば誰でもデータベースの閲覧が可能。現地検査時はタブレット端末からリアルタイムで確認できる。

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 「健全度判定の区分比率で申し上げればS判定(健全)が最も多く、次いでC→B→Aの順で減っていくピラミッド型です。しかし何もせず放っておけば変状箇所の経年が進み、A判定・B判定が増えていってしまいます。よってそうならないよう、A判定が出た変状箇所に地道に対処していくのが基本方針となります。自然災害等で緊急を要する工事が必要となった場合は別ですが、A判定をどのような計画で更新・改良していくかは、それぞれの土木設備技術センターが決めています。具体的には毎月センター内で各所の技術員、そして鉄道土木専門家が集結する構造技術センターの技術員らによるランク判定会議を開催。健全度判定でA判定とされた変状箇所の優先度を決め、中長期的な改修計画を立てています」(吉田マネージャー)

現場・本社のニーズを吸い上げ新たな検査技術を開発する

 他方、JR東日本研究開発センターの土木技術メンテナンスユニットでは、鉄道土木構造物の維持管理業務に寄与する技術開発に従事している。
 「かつてはニーズに合った点検機器や補修方法が少なかったため、精度良く記録・計測する機器、新工法の開発ニーズが高かったといえます。それらのニーズに応えるべく、私たちJR東日本研究開発センターは各種機器・新材料の活用の研究開発に努めてきました。しかし近年は生産年齢人口の減少から、現場作業の業務効率化・負担軽減につながる研究開発が求められています」と語るのは、同ユニットの滝澤彰宏マネージャーだ。

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滝澤彰宏 マネージャー
JR東日本研究開発センター
土木技術メンテナンスユニット

 同ユニットはさまざまな取り組みを行っており、最近のものは次の二つが挙げられる。
 その一つが「鋼橋りょうの支点部アオリ監視手法の開発」。アオリとは、橋りょう支点部に隙間ができ、それにより振動が発生する現象のこと。鋼鉄道橋の変状の大半は支点部で発生しており、その原因となるのが、このアオリだ。よってアオリをいかに早期発見し、その進行を監視できるかが、鋼橋維持管理において極めて重要となる。しかしアオリの確認は狭隘箇所での高所作業となることが多い。また、列車通過時に行わなければならず、列車本数の少ない線区や河川・他社線を跨ぐ橋りょうではさらに時間と労力を要する。
 「そこでアオリを簡易かつ効率的に監視できるよう、橋りょう設置型および列車搭載型のモニタリング技術を開発しています」(滝澤マネージャー)
 そして二つ目は「新幹線トンネルの覆工表面ひび割れの自動抽出」である。通常2年に1回実施される通常全般検査では、検査員がトンネル内を歩き、変状を目視で確認している。2000年に、覆工表面の状態を画像記録する専用車両「TuLIS(トーリス)」も運用されるようになったが、車両の老朽取替に合わせて、20年に新たな車両を導入。12個のセンサ機器を装備し、トンネル内を車両が走行しながらスリット状のレーザー光を覆工表面に照射。その反射光をカメラで撮影する。この新型車両導入により、取得画像の精度向上と、計測速度向上が図られた。
 滝澤マネージャーによると、現在は車両から取得した画像データから、AI等を活用して変状を自動抽出し、トンネル検査のさらなる効率化・高度化を目指しているという。

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トンネル覆工表面の状態を把握するための専用車両「TuLIS(トーリス)」の新型を2020年に導入。従来の計測速度8.5km/hが20.0km/hにアップしたほか、トンネル覆工表面の2次元画像データと3次元形状データを1mm間隔で同時に取得可能

構造物モニタリングやデータ蓄積にも注力したい

 検査の最前線を担うのは、各土木設備技術センター在籍の検査員たちだ。彼らは入社時、福島県白河市にあるJR東日本総合研修センターなどで基礎技術技能研修を受けるが、吉田マネージャーいわく「基本的にはOJTで検査員としての専門性が養われていく」という。
 「検査員はタブレット端末と共に土木構造物カルテも現場に持参します。そこには構造物の基本情報のほか、過去に発生した変状内容・補修履歴等を踏まえた検査時の着眼点や維持管理方針が記載されており、実際の構造物検査において見るべきポイントが把握でき、検査レベルの向上と重大変状の見逃し防止につながっています」と吉田マネージャー。検査員として目指すべき人材像は、全てを満遍なく見ることのできるスペシャリストだ。
 とはいえ、人間の目視にはどうしても限界がある。重大変状を見落とさないためにも、そして検査員の業務負担軽減ニーズに応えるためにも、研究開発センターと連携しながら、新たなテクノロジーを積極的に導入していくのがJR東日本の方針である。
 現在、JR東日本の鉄道土木構造物の維持管理は変革期の最中にある。吉田マネージャーは最後に、これからの鉄道土木構造物の維持管理について次のような見解を述べた。
 「人的な観点での検査員の点検技術の向上、あるいは検査技術の継承は、もちろんJR東日本にとり重点施策です。しかし、今後加速する生産年齢人口減少への対応も喫緊の課題。その意味で私たちの維持管理業務には、定量データの取得・把握が不可欠です。予防保全の観点からもセンシング技術やドローン等のテクノロジーを積極活用した構造物モニタリングやデータ蓄積にも取り組んでいきたいと考えています」
 日本社会に立ちはだかる課題は生産年齢人口の減少だけに留まらない。激甚化する自然災害への対応も大きな課題である。次の記事では、土木構造物におけるJR東日本の自然災害対策を紹介する。

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