山形新幹線新型車両「E8系」の普通車の中央通路は、山形の誇る一級河川・最上川の流れをモチーフとし、座席には山形の特産品の一つである紅花の色を採用した
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山形の自然・文化をモチーフに、いよいよデビュー
──山形新幹線新型車両「E8系」
2024年春、いよいよJR東日本・山形新幹線の新型車両「E8系」が営業運行を開始予定だ。山形新幹線の新たな“顔”として、外観から内部空間まで随所に山形の風土や文化を感じさせるデザインはもとより、走行性や車内の機能にもさまざまな工夫が施されている。
車両の内外に"山形"を感じさせる
JR東日本の新幹線新型車両「E8系」
山形新幹線で2024年春のデビューが予定される新型車両「E8系」。23年2月にプレス公開され、走行試験する車両を偶然目撃した鉄道ファンから歓喜の声がSNSでも上がっている。
E8系のデザインコンセプトは「豊かな風土と心を編む列車」。車両外観を彩る「おしどりパープル(車体上部)」「蔵王ビアンコ(車体)」「紅花イエロー(帯)」の三色のカラーリングが特に印象的である。
JR東日本の担当者も、監修を受け持ったデザイン会社とともに何度も山形に赴き、当地で感じたイメージを外観・インテリアデザインに表したという。地域に特化したデザインで車両を開発したのは初めてに近い試みだという。
25年ぶりの山形新幹線で走る新型車両となるE8系。「おしどりパープル(車体上部)」「蔵王ビアンコ(車体)」「紅花イエロー(帯)」の"山形色"で塗装されている
外観だけではなく、乗車すると一層「山形を感じる」ことができるだろう。普通車では、山形の誇る一級河川「最上川」の流れをモチーフとした中央通路。その両脇に配置された座席には、山形で栄える産業・特産品の一つ、陽に照らされる「紅花」色を配色。紅花が抽出されるプロセスもグラデーションで見事に表現された。
グリーン車のカラーテーマに採択されたのは、最上川と「月山(がっさん)」だ。普通車と同じく中央通路は最上川をモチーフとしながら、座席は豊かな針葉樹林の広がる月山の緑色と最上川の水面の印象が組み合わされている。
グリーン車も普通車同様、中央通路は最上川をモチーフとしながらも、座席は月山の豊かな針葉樹林をイメージした色を配色。座席数はE3系より3名分多い26席となった
E8系の開発にあたっては、積雪寒冷地を走るための「雪対策」も重要事項だった。E8系の開発ベースには秋田新幹線で活躍する「E6系」が採用されている。これまでも雪対策としてE6系の台車前後には、着雪防止用の融雪ヒーターが設置されていたが、豪雪時だとそれだけでは不十分なこともあるという。特に、新幹線路線と在来線が直通する地点となる福島駅では、駅員による除雪作業が頻繁に行われ、豪雪時には数分程度のダイヤの乱れが生じてしまうこともある。そこでE8系では、E6系に設置されていた融雪ヒーターを台車周囲にも増設。山形という地域特有の課題を見据えることで、これまで以上の輸送の安定性向上を図っている。
「ベースはE6系ですが、E8系は山形新幹線のためにほとんどオーダーメイドした車両となります」
そう話すのは、鉄道事業本部 モビリティ・サービス部門 車両技術センターの一員として、最初にE8系の調査設計(定員、先頭形状の検討等)を担当した矢嶋直樹副長だ。現在は異動し、新幹線統括本部 新幹線運輸車両部 車両ユニットで業務を行う。
「これだけ地域にフォーカスした新幹線車両は、ほかにはありません。それだけに、例えば帰省のためにご乗車されるお客さまには、到着する前から故郷・山形を感じていただけると思いますし、旅行で訪れる方にはその道程でも山形への期待・ワクワクを感じてほしいです。旅行から戻られる際も、最後の最後まで山形を感じられるはずです」
JR東日本 新幹線統括本部
新幹線運輸車両部 車両ユニット
矢嶋直樹副長
速度か、定員か......
E8系の先頭長「9m」に込めた思い
そもそも、なぜ、JR東日本はE8系車両を開発したのか。山形新幹線は、秋田新幹線と同様、新幹線と在来線を直通運転する「新在直通運転」が行われている。新幹線区間である東京〜福島、在来線区間である福島〜新庄において、現在運行しているのが「E3系」だ。E3系は1997年の秋田新幹線開業に合わせて登場した車両で、99年12月には山形新幹線の新庄延伸に伴い、E3系1000番代が新造。さらに2008年12月からは、初代山形新幹線の「400系」の置き換えとしてE3系2000番代が順次投入されていた。
そのE3系2000番代が、JR東日本の基準とされる「20年を超えない範囲」の車両更新時期が近づいていた。そこで新たな車両を投入すべく、18年にE8系開発のためのプロジェクトチームが発足する。JR東日本の営業車両としての新幹線用新型車両の開発は、14年の「E7系」以来のことであった。
「調査設計段階で、私が特に配慮しなければならなかったのは、求められていた営業最高速度と車両の編成定員とのバランスを取ることでした。実は新幹線の最高速度と定員は、かなり密接に関係しているんです」(矢嶋副長)
新幹線区間を走る営業最高速度は、山形新幹線E3系が時速275km。そして秋田新幹線E6系が時速320kmである。今回のE8系は「E3系より速く、E6系には満たない」──ちょうど間を取った「時速300km」に設定された。さらなる高速化・所要時間短縮が求められる現代の新幹線車両開発において、なぜE6系よりも"あえて"最高速度を抑えることになったのか。その理由を矢嶋副長はこう解説する。
「新幹線の営業速度を考える際、私たちは車両の先頭長(=ノーズ、新幹線の鼻にあたる部分の長さ)を考えます。そもそもノーズが長くなるのは、新幹線がトンネルを高速通過するとき、トンネル内で圧縮された空気が出口で一気に押し出され大きな発破音を発生させる"トンネル微気圧波"を抑えるためです。E3系の先頭長は6m。E8系はそれより長い9mとすることで、E3系よりも時速25km向上した営業最高速度を達成しています」(矢嶋副長)
E8系の先頭長(ノーズの長さ)は9m。E3系の6mより長く、E6系の13mよりも短い
一方で、E6系の営業最高速度が時速320kmであることから、「なぜスペックダウンしたのか」という疑問を持つ方がいるかもしれない。ちなみに、E6系の先頭長は13m。仮にE8系もそこまで長くした場合、営業最高速度も比例して高速化されるが、一方で「伸びた分だけ(先頭車両の)座席数が確保できなくなってしまう」というジレンマが生じる。
「調査設計の段階で、将来的な輸送量予測を立て、車両の編成・定員などのスペックを見定めます。山形新幹線を利用されるお客さまは、ゴールデンウィークやお盆、年末年始などの最繁忙期に増大傾向が見られます。この傾向は続くものと考えられます」(矢嶋副長)
こうしたことから、E8系は編成定員のニーズに極力応えるため、速度と定員のバランスに配慮。結果として、営業最高速度時速300kmをかなえる一方で、E6系の編成定員324名より多い352名を確保することになったのである。
調査設計から詳細設計へ
収益性より利便性を優先する
矢嶋副長から調査設計を引き継ぐかたちで、車いすスペースや荷物置場、機器配置等の詳細設計を担当したのが、山川誠副長だ。矢嶋副長と同様、現在は異動となり、新幹線統括本部 新幹線総合車両センター 品質管理科に所属している。E8系開発時に、特に山川副長が腐心したのが、車両・客室内部の機能設計だった。
例えば、車いす用のフリースペース。JR東日本の新幹線車両では、すでに車いすスペースを1列車1席以上整備しているが、改正バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)に対応するため、さらに増設を図った。
増設された車いすスペース
また各座席についても、コンセントが全席に設置された。設置箇所は全席とも肘掛け直下。従来の車両では、窓際席のみにコンセントがあるため、通路側に座る乗客は使えない場合もあり、さらに腰掛け前方にあることからコードが席を移動する際の妨げになることもあった。しかし、E8系ではもうそんなことが起こらない。
全席、肘掛け下にコンセントを配置。利便性が向上した
「山形新幹線はスキー目的などの訪日外国人も多く、お客さまの荷物も何かと大きくなりがちです。そうしたご要望にもお応えするため、E8系では大型荷物置場を最初から"全号車"に設置する方針としました。もちろん、ベビーカーなどを置いておくこともできます。全号車客室内への設置は当初より検討事項にあがる座席数確保と相反するところがあり、実際それによって1車両につき2名分定員が減ってしまいます。ですが、それでもインバウンド需要など新たな時代の要請に応えるために大型荷物置場を設置し、お客さまの利便性向上をとことん優先した車両です」(山川副長)
JR東日本 新幹線統括本部 新幹線総合車両センター
品質管理科
山川誠副長
さらに山川副長は、E8系開発に込めた思いをこう話す。
「実は私の両親が山形出身で、山形は幼い頃からとてもゆかりのある場所でした。1992年に400系の営業運転開始とともに開業したときはワクワクしたのを覚えています。その後、縁あってJR東日本に入社し、最初に配属されたのも山形でした。そんな私としては、E8系はその目でご覧いただいた瞬間から『山形の新幹線だ!』と思っていただけることを願っています。歴代の車両と同じように、もしくはそれ以上に、山形の皆さまに愛着を持っていただけるE8系になっていってほしいです」(山川副長)
走行試験で聞いた
子どもたちの「かっこいい!」の声
矢嶋副長・山川副長から続く"3代目"としてバトンを引き継いだ、鉄道事業本部 モビリティ・サービス部門 車両技術センターの一法師賢副長は、現在、開発最終段階の詳細設計、部内確認(入線・設計確認)、確認申請、走行試験計画を担当中だ。
「プロジェクトは本当に最終局面を迎えていて、実際にE8系を営業運転させていくための部内調整や関係機関への確認・申請手続きを行っています。特に運輸局には国の定める省令にE8系が沿っているかを確認しなければならず、作成する書類の量も膨大です」(一法師副長)
JR東日本 鉄道事業本部
モビリティ・サービス部門 車両技術センター
一法師賢副長
走行試験についても、2023年春先から複数回実施。歴代担当者が設計した融雪ヒーターやトンネル微気圧波を抑える9mのノーズも、この走行試験で実証が続けられている。走行試験はJR東日本だけでなく、沿線の各自治体など多くの関係者がいるため、関係機関との調整も一法師副長の大事な務めだ。
23年3月1日に仙台〜新庄間で行われた走行試験では、こんな出来事があったという。
「山形駅のホームでE8系が入線してきたとき、お子さまから『かっこいい!』との歓声が上がりました。開発担当者としては、それがとにかくうれしかったですね(笑)。子どもたちも喜ぶような外装のかっこよさだけではなく、E8系はその内部空間もビジネス利用はもちろん、ご家族連れのお客さまが快適に過ごせる空間に仕上がっています。デビューはもう少し先のことですが、山形新幹線の新たな"顔"にご期待いただきたいです」(一法師副長)
2023年2月のプレス公開では、運転台も公開された。営業運転開始が待ち遠しい
矢嶋副長や山川副長、一法師副長をはじめ、多くの関係者の思いが詰まったE8系。デビューの際は、ぜひ実際に乗車して「山形」を感じてみてはいかがだろうか。