上原 渉 うえはら・わたる
一橋大学 大学院経営管理研究科
経営管理専攻 准教授
1979年神奈川県生まれ。2008年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。武蔵野大学政治経済学部専任講師を経て、11年より現職。博士論文ではブランド・イメージの形成プロセスにおける、個人と集団の相互作用について実証研究を行った。最近の研究上の関心は、日本企業の新興市場におけるマーケティング戦略。特にマーケティングのノウハウの移転や現地法人のマネジメントに関して企業調査を行っている。
世界に豊かなライフスタイルの提供を目指す
東南アジア進出のために押さえておくべきこととは?
海外進出、特に東南アジアへの事業展開を目指す場合、どのようなことを考えるべきなのか。日本企業の新興市場におけるマーケティング戦略に詳しい、一橋大学の上原渉准教授に話を伺った。
生産地の延長線上で市場を考えていませんか?
過去、日本企業が例えばアメリカやヨーロッパに進出したときは、最初から現地で製品を販売することが目的でした。ですが、東南アジアの場合、当初は市場としてではなく、生産地として進出した企業がほとんどだと思います。そのため、
いまだ生産地としての名残が消えず、知恵の転換がなされていないように見受けられます。特に「現地の消費者を知ること」について、たとえ長く進出していてもその重要性を理解していない。この辺りが今、多くの企業がアジア進出で抱える課題ではないでしょうか。
また、現地での組織の在り方も変わる必要があります。例えばかつては日系企業間の取引も多く、駐在員の方がゴルフに行って、そこでネットワークを広げビジネスにつなげていました。それは良い面もありますが、現地の市場で販売するとなると、日本人同士でゴルフをしていてもどうにもなりません。とはいえ、こうしたスタイルを変えるのは大変で日本企業の苦労の一つになっているようです。
インドネシアでこんなことがありました。家電メーカーが冷蔵庫を販売した際、日本製品は高額なので高所得者をターゲットとしました。ですが、機能も充実し優れているのに売れず、機能面では劣った他国の製品のほうが売れていた。私自身、不思議に思って探っていくと、理由とおぼしきものが浮かびました。それは現地の高所得者の多くは、メイドさんを雇って料理を任せているということです。野菜はその日に食べるものを、朝早くメイドさんが買いに出て、その日に使い切ってしまう。だから、野菜が長持ちする機能は必要なく、デザイン性に優れた他国のものが選ばれていたわけです。
現地の声を受け入れ権限を委譲する組織づくり
ものづくりに強みを持つ企業ほど、自信があるぶん「良いものなのだから、どこの国の人も欲しがるはずだ」と考えがちです。ですが、特に消費財は、それぞれの国や文化において、それぞれの好みがあります。
それを知らずにいるとうまくいきません。
先程の例でいうと、私が気付くぐらいですから、現地に赴任されている方で気付いていた人もいたでしょう。その声を本社が受け入れることができるか。現地にどれだけ権限を委譲できるか。組織の在り方も見直す必要があります。
例えば、海外進出に積極的な食品メーカーは、現地の味覚に合わせた調味料の企画・開発を、現地の方が主導して行っています。味覚と食生活は文化的な違いが大きいので、各国向けの製品を開発しなければいけないという意識が、ずいぶん早くからあったのではないでしょうか。
現地企業と組み現地のニーズを見極める
東南アジアに進出する際は、リスクを取る覚悟が必要です。まず物が溢れているので、その中でよい売り場に置いてもらって目立つためには、それなりに投資しなくてはなりません。日本企業が考えがちな、小さく出てコツコツ育てたい、という方法では取引してもらえないこともあると聞きます。
また現地では、流通を仕切る企業がある程度寡占化されており、量を流さないと全く相手にされないということも起こり得ます。だから、それなりに有力な現地企業との関係づくりも大切で、ここも結構ハードルが高い点です。現地の有力なパートナーと組んだら、そちらのほうが大きく、発言力もあるので、日本側の主導でやれるはずだったのにできない......などということも出てくるはずです。
さらに現地の人の意識も変化しています。以前は「日本製」というだけでブランドでした。ですが、各国の技術力は上がり、優位性は薄れています。同じようなものならば、自国の製品を選択する人も増えているのです。私たちのほうが優れているという発想は、もう改めたほうがいいと思います。
フラットな立場、フラットな気持ちで、現地のお客さまに喜んでもらう。その意識を持つだけで、ずいぶん変わるのではないでしょうか。その上で、消費者を見極めるための情報源確保に際し、現地企業と組む。日本企業がなかなか分からない部分を、現地企業に教えてもらう。現地のニーズを見極めることこそ、一番ポイントになると、私は考えています。